AI というと鉄腕アトムのような完全に自律した人形のロボットを想像してしまうかも知れません。

人のような形をしていなくても、なにしろ AI = 人工の知能なので、自律した「頭脳」が、何もしなくても、こちらの気持ちを忖度して、適切に期待することを”給料を払わなくても”行ってくれるイメージがあるかも知れません。
メディアでも、毎日のように AI に関する話が花盛りで「AIが人手不足の解決策になる!」「AIに仕事を奪われる!」という話題に溢れ、「人工知能」という訳語もあいまって、人の代わりになる期待感は、ますます高まっています。

最近、AIに関するシステム導入のご相談も多く、そうした期待感を持ったクライアント様も、結構多かったりします。
反面、あまりに「出来すぎた」AIへの期待感に、疑念を持ち、ほんとのところどうなの?とおっしゃる方も多かったり。

答えはといえば、どちらも正しく、どちらも正しくありません。もし分かりやすく AI とは何かの答えがあるとすれば「非常によく出来た電卓です」と、答えることにしています。

AI は、かつて2回の「ブーム」があり、今回は3回目。

1回目は、人の脳みその構造(信号の伝わり方)を模倣したパーセプトロンという考え方や技術も登場。迷路やパズルを解き、チェスが出来るようになりましたし、この時も「AIに仕事が奪われる!」というまことしやかな噂もありました。(AIでなくても、コンピューターでも、仕事は奪われる説は登場しておりましたが)結果として正直いってオモチャの域を出ず、「知能なんかじゃな~い」と、ブームは終息。1950年頃だそうで、私は、あいにくまだ産まれておらず、よく知りません。ただ、そういった話を聞いて、ぶっちゃけ、それってサイコロふってるのと、どう違うの?と思ったものです。

2回目は、1980年代。ハードウェアの処理速度や容量が爆発的に増大した頃で、オフコンからパソコンへの流れが進み、とにかく何でも記憶させれば賢くなるんだ、というAI = 「エキスパートシステム」が流行でした。教えた通りに、コンピューターが解き明かす。ただのプログラムとデータ処理という気がします AIと呼ばれ「AIに仕事が奪われる!」と騒がれたものでした。私は、技術者のタマゴのような状態で、このような事態のまっただ中におりましたが、「エキスパートシステム」は、人の行う例外処理、矛盾が処理できないので、「知識・辞書かも知れないけれども、知能じゃな~い」と、思ったものです。しばらくしてブームは終息。

ダニセンサーで強弱の変わるファジーな掃除機、かしこい炊飯器、たくさん登場したのもこの時代です。
ハードウェアが良くなったことで、以前より多くの容量を持てたため、全体的に精度があがり、たしかに賢く(スマート)にはなりました。

「人工無能」という、エキスパートシステムを揶揄したような、Siriもどきが出てきたのも、この頃です。
個人的に、つくる方で、夢中になりハマりました(笑)
一見、チャットで人工知能が話すようなジョークソフトですが、もちろん、知能として理解して会話しているわけではありません。ほぼ応酬話法。エキスパートシステムの理屈をつかって、それっぽく返すだけ、というものでした。
シーマンというゲームをご存じの方は、知能でなくとも実にそれっぽい会話を行えることをご存じだと思います。

そして今3回目。
今度は、脈々と流行らないAI関連技術の中で磨かれてきた「機械学習(マシンラーニング)」という手法=統計と分類を 幾何学的に解くが、産み出した「深層学習(ディープラーニング)」がもてはやされます。

機械学習とは、教師データと呼ばれる「正解」と、いくつかのデータを比較し、似たもの同士を分類するもので、
コンピューターが知能を持つのではなく、人が与えた基準によってコンピューターが特徴を見つけるために(データの偏りを見つけ出すために)、分類するものです。(正確にいうと説明が長く難解なので端折ってますが、おおよそそういうものです)

「学習」と名前はついてますが、分類・選別装置であって、人が「どこまでを赤いと、どこからが赤くないというのか」とか「どこまでを大きいといい、どこからが大きくないというのか」ってなことを、高速に分類してくれます。

人が「大きくもなく、小さくもない」と言って、あいまいで済ませることを数値化するわけですね。
出てくる結果は、なるほど、ほどほどの大きさ、小ささを表現してくれます。

ところが「機械学習」では、基準は人が与えないといけません。ここで「データの事前処理」が必要なわけです。
そのかわり、判断基準を決める人ですので、的確に基準を与えていきます。
入力や分析に時間はかかりますが。

これを基準を与えず、コンピューターが勝手に自動的に基準を決めてくれるのが「深層学習(ディープラーニング)」です。
うわー「知能っぽい」ですね。
そのかわり、知能っぽくなるのに、何百・何千・何万・何億のいわゆる「ビッグデータ」が必要になります。

深層学習(ディープラーニング)が注目されたのは「ボードゲーム」で、これまで、エキスパートシステム=専門家(先生)の強い手を蓄積していたものに勝利したことでした。深層学習(ディープラーニング)なので、「先生」は不要。しこたま「棋譜」を読み込ませていきます。このとき、「どんな手」というのは全くかんがえず、白黒の「写真」として取り込んでいきます。勝てる「白黒の写真」はこれだ、というような感じで手を打っていくと、「見た目、デタラメに近い」んだけど、勝ててしまう。これで話題になったのでした。(実際には写真でデータを与えたわけではないですが、そういうイメージ。意味も何にもなく打ち手のパターンをデータとしたのでした)

たまたまボードゲームの棋譜なので、その目的も、ルールも一定で効果的でしたが、なにしろパターン認識でしかないので、AIは「意味」はわかっていませんし、なぜ、そうなのか?ということには答えは用意していません。
これでは改善も何にもできませんし、人が期待する分析ではないですよね。

結果として答えが出るんだけども、なぜそうなのかは、よくわからない。でも、そこそこ良い線いってるので、使える部分もある。
Googleの検索など、まさにそうです。けっこうな高確率で見当違いのものも検索されますが、人間側が「おお、これだ」というものも検索できます。
カメラからの画像認識、音声認識、自然言語処理、etc これが今のAIです。

はてさて、この状態でAIが人の代用として自律して機能するのでしょうか?
人の期待に、忖度して応えてくれるのでしょうか?
もし、機能したとすると、それはスカイネットとなり、ターミネーターにしかならない、と、私は考えています。

最近、このAI、やたら流行ってますが、私は中小企業での実用ということでは、エキスパートシステムも、深層学習(ディープラーニング)も実用はムリと考えており、同じAIでも、また別の経路を辿って産まれてきた機械学習のある手法を「ちょっとだけ」利用していることが多いです。

長く多くの中小企業のIT化を行ってきましたが、いつも毎度ぶつかるのが「属人化」。
そして「属人化」を機械に置き換えるのに困っていたのが、「その人が定型化・定式化しているロジック」です。

このロジックを見つければ、システム化は格段に実現しやすくなります。これまでは、私自身が見て聞いて覚えてと、人手でやってきましたが、機械学習のある手法を使うと、この部分が半自動化できるのでした。(つまり、私が楽になるだけなのです(笑)そして、私が楽になると、より高性能なシステムが、手に届く価格で実現できるようになるわけです(笑))

同様に、属人化した判断基準、処理方法そのものを、機械学習の手法で半自動化。いったいどういう基準で、この処理を行っているのか、をパターン認識させるわけです。なぜそうなのかは、わからないけれども、なんとなく、その担当者が行ったっぽい。ナンチャンテ担当者。
これなら使えそうです。

延々と長い説明をしましたが、なんだかややこしいですね。

今のAIブームでAIを「使い方」として捉えている人は多くはありません。
奴隷のような頭のよい人間を、上から目線で、こき使う=AI・ロボット
機械が勝手に「はい、ご主人様。忖度して、ご主人様にとっていいことだけ、やります。オカネもケンリもいりません。ご主人様のために、結果を出します」(自らが産み出した神という名前の像に、願えば、忖度してくれて御利益が得られる。そういう期待や感覚なのでしょうか。)

このAIブームも、しばらくすれば終息するでしょう。

しかし、道具として、その特徴を理解して活用するなら、非常に役に立つものであることは間違いありません。
今後も、技術としては、なんだかんだと進化していくことでしょう。

AI は、AIというものが存在する、と捉えるのではなく、AIという技術を活用する。使い方として取り入れるという考え方が大切です。

AIを活用した生産管理システム 助プロだんどりくん